法に帰依する

仏教

 法とは、お釈迦さまの教えです。
 法を心から信頼し自分の人生の拠り所にすることを、法に帰依すると言います。
 お釈迦さまが説いてくださる教え(法)を、自分の人生指針、行動指針として大切にするのです。

法の特質

 原始仏典に、法の特質が次のように述べられています。

  法は、世尊によりて善く説かれた。
  法は、現に証せられるものである。
  法は、時をへだてずして果報あるものである。
  法は、〈来たって見よ〉というべきものである。
  法は、よく涅槃に導くものである。
  法は、智者のそれぞれ自ら知るべきものである。

法は世尊によりて善く説かれた

 お釈迦さまは、自ら法を実践して、間違いないことを証明し、その上で、人々にとって必要な教えを厳選して、分かりやすくお説きくださいました。
 「法は、世尊によりて善く説かれた」という言葉には、このことに対する感謝の心が込められていると思います。

法は、現に証せられるものである

 お釈迦さまが、人々のためにお説きになった教えの中心は、四聖諦と八正道です。
 この教えを、教えの通りに実践しますと、現実に教えの通りの結果が出ます。法は、現に証せられるのです。

法は、時をへだてずして果報あるものである

 お釈迦さまがお説きくださった教えである、四聖諦と八正道を実践しますと、まず、実践した人の心と行ないが変わります。それにつれて、まわりの人々の行ないも変わってきます。その広がりによって、生活・人生が変わってきます。このように、法を実践すると、時をへだてずして果報があるのです。

法は〈来たって見よ〉というべきものである

 お釈迦さまの教えを聞いて、いい教えだと言いながら、それっきりの人が多いようです。お釈迦さまの教えを遠くから眺めているだけの人です。遠くから眺めているだけでは何も得られません。

お釈迦さまは、そういう人に向かって、「遠くから見ていないで、ここまで来て、よく見てごらんなさい」と言っているわけです。
 これは、自分で法を学んで、理解して、実践して、実際に体験してごらんなさい、そうすればはっきりと分かりますと勧めているのです。

法は、よく涅槃に導くものである

 「涅槃」とは、迷い・苦しみが無くなるという意味です。迷い・苦しみが無くなったらそれがゴールかといえば、そうではありません。

涅槃に入った人は、迷い・苦しみの無いはつらつとした精神の持ち主となって、人びとの間で人々のために活動するようになります。ほんとうの自分を生き、ほんとうの自分を発揮するようになるのです。

 お釈迦さまのおっしゃる涅槃には、きわめて積極的な内容があることを、知るべきでありましょう。

法は、智者のそれぞれ自ら知るべきものである

 「智者」とは、「智慧のある人」です。「自ら知る」とは、主体的な努力をして、会得するという意味です。

智慧のある人は、お釈迦さまの教えを、主体的に学び、理解し、実践して、自ら体得するのです。

智慧が無く、感情だけで生きている人は、法を学ぶことができず、理解することができず、実践することができませんから、法を会得することはできません。

法に帰依するとは法を実践すること

 法に帰依するとは、法を心から信頼し自分の人生の拠り所にすることです。これは、法を実践することにほかなりません。
 お釈迦さまがお説きくださる教えの中心は、「四つ聖諦」と「八支の聖道」です。この「四つの聖諦」と「八支の聖道」を、自分の人生の拠り所として、これらを学び、理解し、実践するのです。
 これらを実践すれば、 時をへだてずして果報があるのです。これを実際に体験すれば、法に帰依する気持ちが深まっていくにちがいありません。(参照⇒人生のための信仰

浪 宏友(本名:中原常友)
詩人・仏教研究家・経営コンサルタント
妙法蓮華経と原始仏教を学び続けて70年
宗教ではない仏教「ビジネス縁起観」を開発
1940年(昭和15年)生

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