自己実現の道―六波羅蜜/四諦

四諦ー人生苦からの脱却

六波羅蜜

六波羅蜜とは、大乗仏教で説かれる菩薩の修行道で、「布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧」の、六つの修行道です。

八正道が、一つの正道の八つの側面であったように、六波羅蜜も、一つの波羅蜜の六つの側面です。どの一つをとっても、他の五つに支えられて行なわれるのです。

「波羅蜜」には、「完全」とか「最高」という意味がありますが、ここでは、「完全で最高なるブッダの境地にいたる菩薩の修行道」を意味していると思います。

六波羅蜜の概要

  • 布施:布施とは、分け与える修行道です。自分の持っているものを、それを必要としている人に分け与えるのです。
  • 持戒:持戒とは、正しい生き方をする修行道です。
  • 忍辱:忍辱とは、人から嫌なことをされても、怒ったり、落ち込んだりしないで、普段通りに振舞う修行です。また、人から褒められても、いい気にならないで、普段通りに振舞う修行道です。
  • 精進:精進とは、お釈迦さまの教えをたゆみなく修習する修行道です。
  • 禅定:禅定とは、正しいことを見つめ続け、正しい教えを思い続け、正しい行ないを実践し続ける修行道です。
  • 智慧:智慧とは、ありのままをありのままに見て、正しく判断し、適切に実行する修行道です。

八正道との関係

原始仏教典で説かれる八正道と、大乗仏教で説かれる六波羅蜜を見比べてみますと、ほとんど同じ内容であることが分かります。

六波羅蜜と八正道の対応関係を表にしてみます。

六波羅蜜八正道
布施(対応なし)
持戒正思・正語・正業・正命
忍辱(対応なし)
精進正精進
禅定正念・正定
智慧正見

布施

「布施」とは、分け与える修行道です。自分の持っているものを、それを必要としている人に分け与えるのです。「布施」という言葉には、「広く施すこと」、「分け隔てなく施すこと」という意味があるそうです。

「布施」には、財施・身施・無畏施・法施があると先輩から教えてもらいました。

「財施」はお金や物を施すこと。「身施」は身体を使って人のためになること。「無畏施」は不安に襲われている人から不安を取り除いてあげること。「法施」は正しいことを教えてあげることです。

最も優れた布施は「法施」だと言われています。

法施と他の布施

財施は、布施のための財が無くなれば終わります。

身施・無畏施は、布施する人がいなくなれば終わります。

法施は、教えられたことを覚えたり、身につけたりすれば、一生涯、役に立ちます。

そういう意味で、法施の価値は大きいのです。財施・身施・無畏施を行なうとき、同時に法施も行うことが勧められるのは、このためでありましょう。

大乗仏教の菩薩は、お釈迦さまの教えを人々に布施するという、もっとも価値の高い法施を行なう人びとです。

布施は自己実現

「自己実現とは、自分の意思で、自分の能力を使って、人さまのお役に立つことである」と、私は、定義しています。大乗仏教において、菩薩が行なう布施の行は、まさしく、自己実現であると思います。

「人間力」ということが言われますが、人間力とは、自己実現をする力であると、私は考えています。

忍辱

「忍辱」は、人から嫌なことをされても、怒ったり、落ち込んだりしないで、普段通りに振舞う修行であり、人から褒められてもいい気にならないで、普段通りに振舞う修行です。

「忍辱」は「辱(はずかし)めを忍ぶ」となっています。辱めを受けるのは苦痛です。苦痛を受けて、心に悩みを生じると苦悩となります。苦悩が生じると、心がゆらいで正しいことを考えたり行なったりできにくくなります。

そこで、忍辱とは、辱められて苦痛を受けても、心を乱すことなく、苦悩することもなく、正しく考えたり行なったりすることです。

逆に、人から褒められたりすると、嬉しくなって感情が高ぶったり、慢心を起こしたりして、正しいことを考えたり行なったりできにくくなることがあります。このときも、心を乱さずに正しく考えたり行なったりすることが、忍辱の修行です。

忍辱行の極致

忍辱の修行が進みますと、人から嫌なことをされたとき、じっと耐え忍ぶだけでなく、嫌なことをする人に対して「可哀そうな人だ」と哀れむ気持ちが起きてきます。

さらに修行が進みますと、どのような人から、どのようなことをされても、大きく受け止めて包容する気持ちになります。

お釈迦さまは、当時の思想家や宗教者から、面と向かって、侮辱的な言葉を浴びせられることがありましたが、一かけらの怒りも発することなく、お慈悲の心で抱きとっておられました。そのお姿に打たれて改心し、お釈迦さまのお弟子になった人も少なくありません。

これこそ、忍辱行の極致だと、心に噛みしめずにはいられませんでした。

人間関係と忍辱

人間関係においては、何が起きるか分かりません。何が起きても、感情を高ぶらせること無く、謙虚な気持ちで冷静さを失わず、正しく考えたり行なったりすることが大切です。できれば、大きな心で相手を包容する寛容な心になりたいものです。

人間関係においては、忍辱の心を常に持ち続けて、相手との間に調和を保つように努力する必要があるのです。

智慧

智慧とは、ありのままをありのままに見て、正しく判断し、適切に実行する修行道です。この場合のありのままとは、「ものごとのありのまま」と、「そこにはたらく法則のありのまま」です。表面だけでなく、奥まで見てのありのままです。

仏教は、人間と人間関係の教えですから、「ものごと」とは、自分であり、相手であり、自分と相手の人間関係です。

自分のありのままを見る、相手のありのままを見る、自分と相手の人間関係のありのままを見る。そこにはたらく法則のありのままも見る。そうして、正しく判断して適切に行動する。それが智慧のはたらきであると思います。

持戒・精進・禅定

「持戒」とは、正しい生き方をする修行です。「八正道」の「正思・正語・正業・正命」に当たります。

「精進」とは、お釈迦さまの教えをたゆみなく修習する修行です。「八正道」の「正精進」に当たります。

「禅定」とは、正しいことを見つめ続け、正しい教えを思い続け、正しい行ないを実践し続ける修行です。「八正道」の「正念・正定」に当たります。


浪 宏友(本名:中原常友)
詩人・仏教研究家・経営コンサルタント
妙法蓮華経と原始仏教を学び続けて70年
宗教ではない仏教「ビジネス縁起観」を開発
1940年(昭和15年)生

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