苦悩を滅する道
四諦(苦諦・集諦・滅諦・道諦)の教えで、四番目の道諦は、「苦悩の原因を滅するためには、自分は何をすればいいのかを自覚する」ということでした。
自分の中にある苦悩の原因は、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒です。これらを滅する道は、八正道であると、お釈迦さまはお説きくださいました。八正道を実践すれば、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒が滅して苦悩が滅するのです。
その意味で、八正道は、苦悩を滅する道であると言うことができます。
「正しい」とは
諸行無常・諸法無我ワールドでは、ものごとは関係しながら変化します。そこには、調和と発展という方向性があります。ここから、「正しい行ないとは、調和と発展をもたらす行ないである」と定義することができます。
たとえば、自分と人との間に調和が生まれる行ないは正しい行ないです。また、自分が成長する行ないは正しい行ないです。
逆に、自分と人との間の調和を乱す行ないは、誤った行ないです。たとえば、人の悪口を言うことは自分とその人の間の調和を乱す行ないです。
また、自分を退歩させる行ないは、誤った行ないです。たとえば、怒ることは、自分を退歩させる行ないです。
八正道は一つの道
八正道とは、「八つの正しい道」ではなくて、「一つの正しい道の八つの側面」です。「八つの側面」が、「正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定」です。これらは切り離すことはできないのです。 この中の、いずれか一つを実践するときには、他の七つに支えられて実践しているのです。
八正道の概要
八正道は、おおよそ、次のように説明することができます。
- 正 見:ありのままを見て、ありのままに認識することです。
- 正 思:正しく思うことです。
- 正 語:正しい言葉づかいをすることです。
- 正 業:正しい行ないをすることです。
- 正 命:正しい仕事をして、正しく収入を得て、正しく生活することです。
- 正精進:正しい努力をたゆみなく続けることです。
- 正 念:正しいことを心に想い続けることです。
- 正 定:正しい行ない、正しい生き方、正しい修行に徹し続けることです。
正見の考察
人は、ものごとを見て、これはこういうものだと認識します。その認識によって、行動を起こします。私はこれを、「人は、自分が認識した通りに行動する」と言っています。
この人は良い人だと思えば、良い人に対する態度で接します。このとき、悪い人を良い人だと認識してしまったら、悪い人に対して良い人に対する態度で接することになるでしょう。ここから不幸な結果が生じるかもしれません。
この人は悪い人だと思えば、悪い人に対する態度で接します。このとき、良い人を悪い人だと認識してしまったら、良い人に対して悪い人に対する態度で接することになるでしょう。ここから、悲しい結果が生じるかもしれません。
ですから、「正見」で、「ありのままを見て、ありのままに認識すること」が必要なのです。 この場合のありのままとは、「ものごとのありのまま」と、「そこにはたらく法則のありのまま」です。表面だけでなく、奥まで見てのありのままです。
正思・正語・正業と人間関係
「思・語・業」は、それぞれ「精神的行為(心)、言語的行為(言葉)、身体的行為(行為)」です。
「正思」は「正しく思う」ことです。
「正語」は、「正しい言葉づかいをする」ことです。
「正業」は、「正しい行ないをする」ことです。
「正語・正業」は、「正思」によって生み出されます。
人間関係は、表面的には、言葉と行為によって作られます。しかし、言葉は心に思ったことから発せられ、行為は心に思ったことから為されるのですから、人間関係の本質は心にあることが分かります。
自分の言葉と行為が、自分と相手の間に調和を生み出すことができれば、そこから良い人間関係が深まる可能性が生まれます。
自分の言葉と行為が、自分と相手の間の調和を乱すことになれば、そこから人間関係が壊れることも考えられます。
言葉と行為が人間関係を作る。言葉と行為は心から生まれる。このことを、よく考えてみる必要があると思います。
正命の考察
正命は、正しい仕事をして、正しく収入を得て、正しく生活することです。
「正しい仕事」とは、「世の中のためになる仕事」と言ってもいいでしょう。
「正しい収入」とは、不正な方法で得た収入ではないということだと思います。
「正しい生活」とは、入るを量って出るを制する正しい経済生活、リズムと節度のある日常生活、人と人との関係を大切にする社会生活などを含めてのことでありましょう。 毎日を、正命の精神で営んでいけば、その積み重ねである人生が素晴らしいものになることは間違いないでありましょう。
正精進・正念・正定の考察
「正精進」は「正しい努力をたゆみなく続けること」、「正念」は「正しいことを心に想い続けること」、「正定」は「正しい行ない、正しい生き方、正しい修行に徹し続けること」です。
自分の中には、自分を誤った道に引きずり込もうとする力が絶えず働いています。自分の中にうごめく貪欲・瞋恚・愚痴などの力です。貪欲・瞋恚・愚痴に引きずり込まれて誤った道を歩くことを、自分に負けると言います。貪欲・瞋恚・愚痴に打ち勝って、正しい道を歩くことを、自分に勝つと言います。
正精進・正念・正定は、自分に勝つための修行であると見ることができます。
善因善果・悪因悪果
八正道を実践することは、善因をつくることです。これによって善果・楽果が生じます。善果とは、ますます善因を作ることができるようになることです。楽果とは、自分の身体、生活、身の回りに嬉しいことが生じることです。
八正道から外れた行ないをすることは、悪因をつくることです。これによって悪果・苦果が生じます。悪果とは、ますます悪因をつくることがしやすくなることです。苦果とは、自分の身体、生活、身の回りに嫌なこと辛いことが生じることです。
幸せへの道
八正道を実践すれば、自分が人間的に成長しながら、自分の身体、生活、身の回りに嬉しいことが起きてきます。つまり、幸せになるのです。
四諦を学んでいたときは、八正道は、苦悩から抜け出すための修行だとばかり思っていたのですが、その先は、幸せへの道につながっていたのです。
お釈迦さまは、苦悩から抜け出しなさいと四諦をお説きくださりながら、その実、幸せへの道に、私たちを誘導してくださっていたのです。

